日本の100m歴代2位の記録を持つ

「桐生祥秀」選手

に対して、陸上業界外からも熱い声援が送られています。

桐生祥秀 陸上

才能があるうえにまだまだ若いですし、
現在100m歴代1位の伊藤浩二選手がもつ
「日本記録」を塗り替える可能性も高いです。

そこで、「桐生祥秀」選手の学歴や経歴などを
Wikipedia風のプロフィールにしてご紹介。

  • 中学や高校、大学はどこ?
  • 身長や体重などのプロフィールは?
  • これまでの大会の記録は?

についてお答えしています。

それでは早速見ていきましょう。

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「桐生祥秀」選手の中学や高校、大学は?身長や体重なども!
「桐生祥秀」選手のWiki風プロフィール

名前:桐生祥秀(きりゅう よしひで)

生年月日:1995年12月15日

身長:175cm

体重:68kg

出身地:滋賀県彦根市

学歴:彦根市立南中学校→洛南高校→東洋大学

専門:短距離

「桐生祥秀」選手の経歴や記録は?

「桐生祥秀」選手の過去の経歴や
現在の記録などを時系列ごとにご紹介していきます。

「桐生祥秀」選手の小学校時代は?

小学生の頃はサッカーをやっていた。

当時のポジションは「ゴールキーパー」。

その実力が評価され、彦根市の選抜チームに入っていた

当時のあだ名は「ジェット桐生」

基本走ることの少ないゴールキーパーにこの「あだ名」がつくということは
このころからずば抜けてに足が速かったのだと思われます。

「桐生祥秀」選手の中学校時代は?

地元の彦根市立南中学校へ進学。
陸上部に入り陸上競技を始める。

中学三年生時、全国大会にて「200m走」2位。

このとき、中学歴代6位の記録「21秒61」を出すが、
「21秒18」で歴代1位の記録をだした日吉克実さんに敗れた。

400mRでは「8位」の成績を出している。

中学生当時は「腰痛」や「左ハムストリングスの肉離れ」に悩んできた。

「桐生祥秀」選手の高校生時代は?

京都の洛南高校に進学。

洛南高校
洛南高校のグラウンドは直線距離が80mしか取れず、
ミニハードル用いたトレーニングに励んだ。

洛南高校陸上部

「桐生祥秀」選手の高校1年生時代

高校1年時には国体少年100mを10秒58で1位。

その2週間後の日本ユース選手権100mでは
唯一、1年生で「決勝進出」を果たして10秒79を記録し3位。

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「桐生祥秀」選手の高校2年生時代

4月15日の京都府高校春季大会200mで20秒88を記録。
この記録は「高校歴代9位」。「高校2年歴代2位」。

5月19日の京都府高校総体の市内ブロック大会・2年100m予選では「10秒43」を記録。

5月20日の準決勝を10秒39で自己ベストを更新。

決勝では10秒27を記録しユース日本最高記録を0秒01更新。
それまでのユース日本最高記録は宮崎久の10秒28だった。

6月にインターハイ京都府大会と近畿大会に出場。
京都府大会4×100mリレーで3走を務め
「高校歴代5位」の記録となった40秒25を出した。

100mでも準決勝で10秒33、決勝で10秒35をマーク。
しかし、この大会後、腰を痛めたため2ヶ月間は治療に専念する。

その後に控えていた近畿大会では、まだ歩くことも困難だったが、
100mを10秒61、200mを21秒54で1位になっている。

7~8月にある夏のインターハイでは、腰の痛みの影響で記録を逃す

9月15日の近畿ユース選手権200m決勝で20秒71を記録。
橋元晃志が2012年に記録した20秒82のユース日本最高記録を0秒11更新した。

10月5日のぎふ清流国体100m決勝では10秒21を記録。
このとき、ユース世界最高記録、ジュニア日本記録、高校記録を塗り替えている。

10月21日の日本ユース選手権200m決勝では自身のユース日本最高記録を20秒70に塗り替えた。

11月3日のエコパトラックゲームズ・一般4×100mリレーでは
洛南高校のアンカーとして高校新記録である39秒64を更新。

部門B男子100m決勝では「10秒19」で自己最高記録を更新。

「桐生祥秀」選手の高校3年生時代

3年時の織田記念100m予選で「10秒01」を記録。
この記録は日本ジュニア最高タイムであり、日本歴代2位。

歴代1位は「伊藤浩二」の10秒00。

5月5日のセイコー・ゴールデングランプリ東京で初の国際大会を経験。
100mで「10秒40」3位。

8月の世界選手権選抜で、6月7,8日に日本選手権の100mに出場。
既に4月の織田記念で日本陸連が定めた派遣設定記録を突破していた為、
決勝で8位以内に入れば代表内定が決まる状況だった。
7日の予選を10秒28の2組1着で通過。
決勝は10秒25の2位で世界選手権出場を決めた。

6月15日にはインターハイ近畿予選の200m決勝で高校新記録の「20秒41」を更新。

6月30日には初の海外レースとしてイギリス開催の「英国グランプリ」に参戦。
高校生として日本初出場であったが結果は最下位に終わる。

7月開催のインターハイでは100mを10秒19の大会新記録。
200mを20秒66の大会新記録
400mリレーをアンカーとして40秒21で1位。
インターハイで三冠を達成。
リレーでは7番手でバトンを受けながら最後の直線で6人を抜き去る逆転を見せた。
3冠達成は、1994年に「高橋和裕」が1600mリレーも含めて4冠を達成して以来の19年ぶり。

8月開催の世界選手権には短距離個人種目史上初の高校生代表として臨んだ。

100mでは予選で3着以内に入れば同大会同種目における
史上最年少セミファイナリスト(17歳7ヶ月)誕生だったが、
結果は3着と0秒01差の10秒31で4着に終わる。
準決勝進出を逃した。

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