あの原田要さんが5月3日に亡くなられたそうです。

彼は映画「永遠のゼロ(V6の岡田准一 主演)」で描かれた

「特攻反対」

を批判されながらも最後まで貫いた方です。
(厳密に言えば原田要さんご本人ではなく、
原田要さんの友人が主役だそうです)

そこで「原田要」さんと「永遠のゼロ」
について以下で詳しく書いていきたいと思います。

「全員右へならえ」

の時代に、一人「特攻反対」を唱えることに
どれほどの勇気や苦労を伴ったのか
そして戦友が特攻していく中
その判断がどれほど苦しいものであったのか・・・

この記事を介して少しでも感じてもらえたら幸いです。

原田要さんにご冥福をお祈り致します。

原田要と永遠のゼロとの関連性 歴史の当事者の訃報

原田要さんは映画「永遠のゼロ」の主役であった

「宮部久蔵」

さんのモデルと友人であったそうです。

当初、「永遠のゼロ」の原作を原田要さんが読んだ際は
自分のことが描かれていると思ったそうですが、
しばらく読み進めていくうちに

原田要さんと同じく「特効反対」を唱えていた
原田要さんの友人の「宮部久蔵」さんが
「永遠のゼロ」の主役だと気づいたといわれています。

そんな「永遠のゼロ」の裏で実在していた原田要さんですが
彼のプロフィールを以下にまとめました

原田要(永遠のゼロ)のプロフィール

「プロフィール」

生年月日:1916年(大正5年)8月11日

出身:長野県浅川村

死去: 2016年5月3日(満99歳没)

軍歴:1933年〜1945年

階級: 海軍中尉

映画「パールハーバー」の舞台にもなったハワイでの「真珠湾攻撃」、
そして、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島での
幾多の戦闘に参加して日本軍に多大な貢献をしてきた方ですが、
2016年、満99歳で5/3(月)の夜に亡くなられました。

原田要さんは戦後、
反戦活動に従事されながら
農業や幼稚園を営んでいたそうです。

子音は「多臓器不全」だといわれています。

そんな原田要さんですが、
今では過去の遺産として有名な戦闘機である

「零戦」

と深い関係があるそうなのです。

この辺は若い人ほど知らないと思いますので
ここで一度解説したいと思います。

原田要(永遠のゼロ)と零戦について

零戦とは戦闘機の一つでその正式名称を

「零式艦上戦闘機(れいしきかんじょうせんとうき)」

といいます。

「零戦」は日本が独自に改良、改善した戦闘機であり
その戦闘力の高さは敵国からものすごく恐れられていたそうです。

「零戦」は機動力、スピード性に優れており
敵の戦闘機を瞬く間に打ち落としてったといわれています。

当時の日本のパイロットはかなり優秀で
零戦に乗ればまさに「敵なし」だったそうです。

ただ、機動力を上げるために
機体の防御用の材料を取り外すなどをしていた溜、
一度打たれたらそれが致命傷になってしまったと言われています。

技術力のある熟練のパイロットだからこそ
この零戦をうまく扱えていたのです。

九州地方の「知覧」という場所に
零戦や特攻隊の資料館がありますので、
一度いかれてみるといいかもしれません。

私も一度赴いたことがあるのですが、
当時の戦闘映像であったり、証言であったり
非常に生々しい資料がたくさんあります。